ペンケースの片隅

紙くずを入れがち

久しぶりに新テニ読んだら幸村が五感失ってた

 

爆笑した

さっすが許斐先生、予想の上を行ってくれる。ちなみに新テニ16、17巻のお話です。今更!!!!

ちなみに中学3年から高校卒業までテニス追ってました。新テニは5巻くらいまでは読んでた気がする。話を全く覚えてないので今回1~17巻を一気に借りてきて読みました。その結果がこれだよ!!!

ということで(?)幸村についての考察をしてみる。

あ、テニスの王子様の中では幸村部長が一番好きです。本当だよ

 

 

 「俺はテニスを楽しめない!!」

 

哀れな叫びだと思いませんか? 中学三年生のトップテニスプレイヤーが五感を剥奪された状態で自分のテニス道を固めてしまった瞬間です。ほんとマジでかわいそう。なんでびっくりマーク二個もつけてまで主張してんの? 笑いをとるにしたって身を削りすぎだよ部長。爆笑したけど。

 

自分はテニスを楽しめないと結論付けてしまった幸村くんは、それでも「テニスは諦めない」「テニスをできる喜びは、俺は誰よりも強いんだ!!」と五感剥奪状態から自力で脱出(史上二人目)して、「五感を奪われている時間などないんだ!!」と力強く言い切りました。

テニスを楽しめない、けど、テニスをあきらめない幸村部長は、テニスをするために生きているように見えます。かつて「テニスは俺自身」と言い切った彼ですが、きっと考察するまでもなく、この言葉こそが幸村精市をあらわすものなのだろうと思います。

まあそれでもやるんですけど

 

楽しめなくても諦めない、とか、テニスできる喜び、とか、これはどちらも闘病の末にみつけた答えなのではないか。体が動きさえすれば、健康でさえあれば、身体条件としてテニスができるのであれば、テニスをやる、それが幸村を突き動かす要因なのではないか。そう思います。

五感剥奪は甘えによるもの。そういうようなことを対戦相手のボルク(ドイツのプロ)に言われましたが、たしかにこの現象は侮りなどの心の状態が大きく関係するような気もします。ようするに、テニスをしたくないと思ってしまった。その結果五感を失った。

 

(あらためてとんでもねえ漫画だなこれ)

 

部長はその完璧なテニスで、たくさんの相手を精神的に追い詰め、イップスにかけてきたから、なぜそれが起こるのかは大体わかってたと思います。オート発動らしいからちゃんと理解してたかは不明だけど、柳あたりが分析してんだろ、たぶん

理解してると仮定して、五感を失ったことから、自分が戦意を喪失している、あるいは恐怖を抱いている状態にあるのはわかったと思います。

つまり、「どうせこのまま負ける」とか「絶対に勝てない」とか思ってしまった幸村部長。けれどテニスは諦めないという気持ちでイップスに打ち勝ち、「五感を奪われている時間などない」と言い切りました。要は、負けようがどうなろうが、テニスをできる限り、テニスができるのだから、テニスをするのだ俺は、という決意表明です。すげえ脳筋思考。

だから幸村の優先順位はたぶんこう

 

テニスできる身体・物理的環境>>>>>>>>恐怖など精神状態・心理的環境

 

こわい

たとえ精神がズタボロでも、肉体さえ無事なら戦い抜くことを選ぶんだぜ。こいつを部長に置いた王者立海おそろしい。

いくらテニスをしたくても体が追い付かなければできない。それを知っているからこそだとは思いますが、いくらなんでもこれはひどい。いくらテニスをできる体でも気持ちが追い付かないってこともあるんやで。まあそれがイップス、五感剥奪なんですが。

テニスをできる身体状態にあるのなら、自分の感情など無視してテニスをする。テニスを楽しめない幸村部長なので、そもそもそれがいつもの状態だったのかもしれない。自分の感情などコートの外、あるいは競技場の外においてきていたのかもしれない。だからこんなにすぐ(ほんとにすぐだった)イップスになってしまったのかもしれないですね。一瞬でも心が戻ってきたのなら、もともと楽しくないので、スタートラインはきっとマイナスだから。おまえはヌケニンか。

常勝立海の部長ですから、試合はすべて勝つものとしっかりすりこんであると思います。しかもほとんど負けなしだったところに、勝てそうもない相手との対戦。全国大会と違って守るものはない。負けるかもしれないと思っても、奮い立たせるものがない。だからメンタルが揺らいでしまったとも考えられます。そこでイップス

けれど復活した。それはきっと何よりも、テニスができないことがこわかったから。

 

テニスは俺自身。

テニスができなくなったら、それはもう幸村精市ではない。

それを、部長自身がわかっているのであれば、とてもかわいそうだと思いました。だって、幸村精市であるためにはテニスをし続けなければならない。けれどテニスは楽しめない。テニスをするために生きているというより、生きるためにテニスをしている。テニスを通して生きている。テニスをとったら何も残らない。取柄や個性がなくなるなんて話ではなくて、灰になって消えてしまうのかもしれない。

 

幸村にとってテニスは、生きることと、きれいにイコールで結びつくのかもしれない。

生きることは万人にとって楽しいことではないですが、生きている限り生きようとするのが普通です。つらいことがあって、死にたいと思っても、よほどのことがない限り、人間は自分をだましだまし生き抜いていきます。生きることが楽しいといえない状況でも、生きたいから、生きているから、生きようとします。

幸村にとってのテニスはそういうことなのかもしれない。

人間は生きている限り生き続ける。生きているから。

それと同じように、幸村は、テニスができる限りテニスをする。テニスができるから。

 

ねむくてよくわかんなくなってきましたが、幸村が、テニスともっとフラットに付き合えるようになれたらいいなぁと思いました。まだ中学三年生なんだぜ……

 

さいごに

意外とお茶目な部長はテニス楽しくなくとも生きるの楽しそうでだいすきです